法人・自治体向け「Amazon Alexa」は、課題ドリブンな日本社会に何をもたらすか
課題先進国である日本において、音声AIアシスタントはどのような可能性をもつのか。「Alexa Smart Properties(アレクサ・スマート・プロパティ)」を導入する福岡県・博多の「ホテルフォルツァ」から、音声AIアシスタントの法人・自治体領域における可能性を読み取っていく。
Alexaが法人・自治体向けサービスへ
Alexa Smart Properties(以下、ASP)は、スマートスピーカー「Amazon Echo」などを通じてAmazonが提供する音声AIアシスタント「Amazon Alexa(以下、Alexa)」を、法人や地方自治体が活用して各社のニーズに合わせたサービスを展開可能にするソリューションサービスである。米国を皮切りに、日本では2023年12月から提供が開始された。
ASP導入施設では、ユーザーは、施設に設置されたEchoデバイスを利用し、Alexaとの対話を通じて、スタッフとのやりとりをせずに一定の情報やサービスの提供を受けることが可能になる。
施設管理者は、設置された各デバイスの設定変更、利用状況の確認などを一括で遠隔管理することができる。またASPの導入は、Amazonと契約したソリューションプロバイダー各社が担い、施設の規模や用途に応じてカスタマイズしながら、既存の施設システムとの連携を実現できるのが、法人・自治体向けであるASPの大きな特徴だ。
Amazonが法人・自治体向けにASPを展開させていくにあたってまず注力するのが、人手不足という課題が深刻化するなかで非常に高いニーズをもつというホスピタリティー領域、特にホテルである。

毛利聡|SATOSHI MOURI
鉄鋼関連企業の企画部門を経て2022年に福岡地所株式会社に入社、2024年より株式会社FJアーバンオペレーションズ 経営管理部にて現職に従事。ホールディングス体制の下、商業事業・ホテル事業の施策連携やデータ利活用推進を担当。
ASPを導入したホテルの事例として挙げられるのが、福岡県・博多の「ホテルフォルツァ博多駅筑紫口Ⅱ」だ。同ホテルを展開する福岡地所グループ・FJアーバンオペレーションズの毛利聡は、ASP導入の経緯をこのように語る。
「ASP導入には、ホテルにおける顧客体験の向上とオペレーションの効率化を図りたいという背景がありました。お客さまの快適なホテル体験を実現しつつ、限られた人的リソースでいかに効率よくお客さまの要望に応えていくか。そのために、簡単なお問合せ事項に自動対応できるAIコンシェルジュのようなサービスを検討する必要がありました」
カスタムスキルによる、個別最適な機能実装
ホテルフォルツァ博多駅筑紫口Ⅱでは、Echoデバイスのホーム画面にデジタルクーポンの表示機能を実装。
一般消費者向けのAlexaと異なるASPの大きな特徴として、ホーム画面や通知機能のカスタマイズが可能になることがあげられる。また固有のカスタムスキルを構築することにより、よりホテル側のニーズに合致したサービスを提供することが可能になる。
ASPの導入やカスタムスキルの開発を担うソリューションプロバイダー「TradFit」の戸田良樹は、シティホテル、リゾートホテル、ビジネスホテル、旅館など、宿泊施設のタイプを問わず人手不足が共通課題となっているという。少人数でより効率的なオペレーションを構築するためのカスタマイズを、ホテルフォルツァにおいてはどのように行なったのか。
「電話によるスタッフの対応回数減少は重要なポイントになります。基本的な施設情報の案内やよくある問い合わせに対しての応答を、Alexaが音声で行なうための学習・実装をしていきました」

戸田良樹|YOSHIKI TODA
2008年に大手証券会社に入社、投資銀行部門にて通信・メディア・テクノロジー・AI・ロボティクス・IoT・観光・ヘルスケア・不動産などのセクターにてIPO・資金調達・M&Aや地方自治体、産学連携などの支援・助言業務やリサーチ業務に従事。2017年にTradFit株式会社を創業し、現在に至る。
また、多言語対応に関しても福岡固有の課題が存在すると、ホテルフォルツァ博多駅筑紫口Ⅱ 支配人の馬場康裕は付け加える。
「福岡のインバウンド観光客は、韓国、中国、台湾、香港、タイといったアジア圏の方々が多くを占め、ホテルの宿泊者も同様です。地方の、かつホテル業界で英語以外の言語話者の確保は困難であるため、多言語対応化は大きな課題となっているんです。Alexaは従来、韓国語や中国語には対応していませんが、今後はカスタムスキルを拡張することでEchoデバイス上に韓国語や中国語の文字情報を送り、表示させることも可能になる予定です」

馬場康裕|YASUHIRO BABA
2010年に福岡地所グループである株式会社エフ・ジェイ ホテルズに入社。グランドハイアット福岡の宿泊部で経験を積み、2019年にはTHE BASICS FUKUOKAの開業準備に携わる。その後、2022年にフォルツァブランドへ異動し、2023年11月よりホテルフォルツァ博多駅筑紫口Ⅱの支配人代行を経て現職に至る。
実際に、変化はもたらされているか
同ホテルを展開するFJアーバンオペレーションズでは、宿泊するお客さまを街へ効果的に送客する方法を考えていた。市内経済の9割が第3次産業(生産額・従業者数ベース)、つまりはサービス業が中心となっている福岡市において、ホテルを起点として地域に人流を生んでいくことが、ホテルの役割として求められている、と毛利は語る。
「わたしたち福岡地所グループが運営する商業施設『キャナルシティ博多』へ、送客を試みたいという意図があります。いずれは、地域全体における消費行動を底上げして還元していく。そのために、まずASPに対応するEchoデバイス上にキャナルシティ博多で利用できるデジタルクーポンの表示機能を実装してもらいました。これにより紙で配布していたときと比較して、クーポンの利用率は大きく改善しています。今後は、宿泊されるお客さまの属性などによってリアルタイムにパーソナライズした送客施策が行なえるようになれば、もっと可能性が広がりますし、観光スポットのレコメンド、地域連携のキャンペーンをASP対応のEchoデバイスで配信する機能も充実させていきたいと考えています」

こうした施策が、施設側で一元的に管理できるポータル画面があるのも大きなメリットのようだ。さらにAlexaとゲストの会話を通したデータをもとに、ニーズ分析機能をTradFitが開発。ゲストによるAlexaの機能使用状況やニーズなどを集積し、可視化することでさらなる顧客体験の改善につながっていると、馬場が語る。
「Alexaの導入により、短期間で電話による問い合わせ件数が減少し、業務効率が向上しています。今後もさらなる効率化を目指して改善を重ねていきます。お客さまは客室の内線機からフロントへ問い合わせることなく、Alexaを通じて迅速にホテルサービスについて質問することができるようになりました。そのおかげで、より快適で効率的な滞在を楽しんでいただけるようになっています」
課題ドリブンな日本での可能性
ASPの活用領域は、ホテル業界にとどまらず、グローバルで多様な展開を見せている。Amazonの福与直也は、各国での導入状況をこう説明する。
「米国では、人手不足といった課題はもちろんあるものの、例えばディズニーグループのホテルリゾートでは人気キャラクターの声で宿泊客とAlexaがインタラクションできるなど、付加価値創出を主眼とした導入も目立ちます。またヨーロッパでは赤十字社による数万個単位での導入事例があり、医療・福祉分野での活用が進んでいます」

福与直也|NAOYA FUKUYO
アマゾンジャパン合同会社 Amazon Alexa インターナショナル技術本部 本部長。外資系コンサルティング会社、マイクロソフト、アマゾンウェブサービスジャパンを経て2021年より現職。音声AIアシスタントAlexaの日本における技術責任者として、ASPを含む複数の領域におけるパートナー企業への技術サポートを行なうチームを牽引。
注目に値するのは、日本における自治体での課題ドリブンな導入検討が非常に多いことである。これは、課題先進国ともいわれる日本の状況を大いに物語る事実でもある。ソリューションプロバイダーとして国内法人・自治体への導入提案も行なう戸田は、医療分野における導入検討例を次のように示す(※)。
※現在、日本のASPのサービスは、ホテル、高齢者施設及び個人宅向けに提供されている。
「病院の個室にAlexaを設置することで、ナースコール機能に加え、ご家族とのビデオ通話による孤独感の解消、照明やベッドの音声制御など、患者QOLの向上も可能になるはずです。こうした取り組みは、看護師の病室を往復する回数の削減にも寄与することが期待されています」
さらに、独居高齢者支援の現場や介護施設での導入検討も本格化の様相を見せている。認知症患者の個室での利用を想定し、家族写真の共有やケアプロバイダーとのコミュニケーション円滑化など、安心感の醸成に向けた取り組みが進んでいるのだという。
「また、地方自治体における限界集落対策のひとつとしても、可能性が見いだされつつあります。高齢化率の上昇と過疎化が進む地域では、民生委員の不足が深刻な問題となっています。厚生労働省や総務省のデータからも、独居高齢者の抱えるストレスや孤独感は社会問題として認識されている背景もあり、大手企業と連携したAlexaによる見守り機能の実証実験を計画する自治体も出ています」
加えて、防災分野での活用可能性も模索が進む。防災無線の補完的なツールとしての活用や、熊の出没情報など地域特有の防災情報の配信に対するニーズは確実な高まりを見せているという。
このように、ASPは人手不足とデジタルデバイド解消という社会課題に対するソリューションとして、音声AIアシスタントの特性を生かした展開を見せつつある。スマートフォンやコンピューターの操作に不慣れな高齢者にとって、音声によるコントロールは直感的で使いやすいインターフェースとなるだけに、「困りごと解決」を重視する日本市場において、その活用領域は今後さらなる広がりを見せていくだろう。
法人・自治体領域での“Bring Your Own Content”

法人・自治体向けのサービス展開には、プライバシー保護のためのセキュリティも重要な論点として挙げられる。ASPは、個人向けのAlexaやEchoデバイスと同様に、利用者のプライバシーに配慮して設計されている。そのサービスは、ASP用に設定された法人・自治体が所有するEchoデバイスを通じて提供されるため、個人のAmazon IDを使用せずにサービスを利用できる。
「例えば、ホテルの客室であれば部屋単位で管理される。加えて、Amazonは、導入先がASPのシステム外で蓄積した情報やコンテクストを見ることができません。そのうえで、導入先における対応として、例えばホテルの管理システム(PMS:Property Management System)といった、導入先の既存システムとのローカライズされたデータ連携に関しては、いかにセキュアに対応していくかの慎重な協議が導入先やソリューションプロバイダー、PMSベンダーに求められます」
こうした強固なプライバシー対策を行なっていくと同時に、最大公約数的なサービスを脱したパーソナライズされた体験をいかに構築するか。そこでは、やはりAIの進化が大きな鍵となる。
「大規模言語モデル(LLM:Large Language Models)の爆発的な進化により、音声AIアシスタントは文脈を理解した自然な対話が可能になってきました。ASPのサービス提供に際して、ソリューションプロバイダやプロパティがLLMを活用することによって、例えば会話の中でユーザーの好みがわかれば、ネット上のオープンな情報をもとに、それに即した提案もできるでしょう。ホテル周辺の観光情報をより精度高くレコメンドすることも可能になります」
それに加えて、導入側がASPで個別に蓄積した知見や情報をもとに、領域特化したある種の小規模言語モデル(SLM:Small Language Model)を構築していくことで、セキュアでパーソナライズされた“Bring Your Own Content”が法人・自治体領域において可能になるのかもしれない。